第17話
DJ Aは確信していた。
「『浅さ』とは、認知の広さだ。1億人が知るサビ、口ずさみやすく計算されたコール。思考を介さず脊髄で反応できる曲こそが、最も『浅く』、ゆえにフロアを最大効率で盛り上げる。私のプレイリストは、重ねた知名度調査、日本全国のカラオケランキングとサブスク再生数の結晶……負けるはずがない」
Aは冷徹に眼鏡を押し上げた。彼の視界には、独自のアルゴリズムで解析された波形データが並んでいる。
サビの単純さ、歌詞の語彙力の欠如、コール&レスポンスの定型化。すべては「浅さ」として数値化され、フロアの熱量を支配する完璧な方程式となっていた。
Aが放つ『マッシュ劉備』のOP『ブリブリバンバン』に、フロアは機械のように狂喜乱舞する。それはAにとって、計算通りの「浅い」熱狂だった。
しかし、その無機質な熱狂を、次鋒・Bのドロップが真っ向から切り裂いた。
「次鋒、DJ B……出るぞ!」
スピーカーから溢れ出したのは、Aのデータベースが「深淵(ディープ)」と断じる、重厚で湿り気を帯びたマイナー曲。15年前にひっそりと放送を終えた、あるロボットアニメの挿入歌だった。
「……なっ!? 何をしている、B! その曲の認知度は全人口の0.01%にも満たない。サビの構造も複雑、コールも定形化されていない! そんな『深く沈んだ』曲で、このフロアを維持できるはずが……!」
Aの計算では、フロアのボルテージは急落し、客はスマホをいじり始めるはずだった。だが、現実は違った。
フロアの最前列にいた一人の男が、曲のイントロが鳴った瞬間に、悲鳴のような咆哮を上げた。それを皮切りに、熱狂が伝染していく。知らないはずの客までもが、その曲の持つ「凄み」に当てられ、魂を剥き出しにして踊り始めたのだ。知らないはずの歌詞が、知らないはずのアニメの背景が、Bのプレイを通じてフロア全体に「共通言語」として共有される。客たちは皆、まるで幼少期からそのアニメを愛していたかのような錯覚に陥り、涙を流しながら拳を突き上げた。
「なぜだ……! データにない、知名度もない! なのに、なぜこの曲でフロアが一つになる……!」
Bはターンテーブルを真っ赤に燃えるような手つきで操り、マイクを掴んだ。その瞳は、主人公さながらの熱を帯びていた。
「A! お前の言う『浅さ』は、ただの『薄っぺらさ』だ! 本当の『浅さ』ってのは、絶対的な指標なんかじゃない……相対的な評価なんだああああああ!!」
Bがフェーダーを最大出力(マックス)まで叩き上げる。
Aの眼鏡に、オーバーヒートした解析端末の火花が反射した。 画面には「知名度:測定不能」「浅さ:無限大」の文字が踊り、最後には一言、エラーログだけを残して暗転した。
「これが……真の『浅さ』……。データ化できない、魂の……沸騰……!」
Aは、自分が効率的に管理していたフロアがいかに「浅薄」であったかを思い知らされる。Bの鳴らす「重厚な文脈が生んだ、究極に浅い熱狂」の中に、Aは救いようのない敗北と、それ以上のカタルシスを感じていた。
「優勝は、DJ B!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
フロアの観客たちの熱狂と共に、ナレーションはBの勝利を告げる。
「次はオタククラブフロンティアでお会いしましょう!」